「染司よしおか」五代目当主、吉岡幸雄氏に毎月、日本の色にまつわる様々なお話をしていただくコーナーです。
気品のある和風のものを売っている店をのぞいたら、桃の花が見事に咲いた枝が飾られていて、春の彩りがもうすぐそこに来ていることが感じられた。桃といえば紅である。
春の苑 紅にほふ 桃の花
下照る道に 出でたつ少女(をとめ)
という、あまりにも有名な万葉集 (第十九巻) の一首が思わず浮かんだ。これは大伴家持が越中にいた、天平勝宝二年の三月一日に詠んだ歌である。旧暦の三月であるから、今の暦からいうと四月のはじめ。まさしく春の盛りの頃である。もう一首、
桃花褐(つきぞめ)の 浅らの衣 浅らかに
思ひて妹に 逢はむものかも (万葉集 第十二巻)
というのがあって、これを読むとあたかも桃の花で染めたように思われる。また、さらに「日本書紀」の天智天皇六年の条にも「桃染布五十八端」という記事もあるから、文面から見ればまさしくである。
だが、私のような植物染を専らとしているものからすると、これは「紅」、すなわち紅花で濃く染めて、桃の花が咲いているかのような彩りにあわせた物であると断言できる。
枕草子には「三月。三日は、うらうらとのどかに照りたる。桃の花の、いま咲きはじむる」と第二段に記されているが、源氏物語には、私が読んだかぎりでは桃の花のことはでてこない。
「須磨」の帖では、今日の桃の節句の日となっている三月三日の上巳 (じょうし) の日に、光源氏が海辺で禊をしていたところ、春の嵐にみまわれて、危うい目に遭遇する場面が描かれている。
今日のように、三月三日の節句に雛人形を並べて桃の花をかざって祝うという儀式は江戸時代になってからのことである。かつては、ひいなの人形 (ひとがた) を川などに流して、災厄を祓う行事が源である。それから曲水の宴や桃花酒を飲んで祝うことをするようになった。
三月といえどもまだまだ、「早春賦」の歌にあるように「春は名のみの風の寒さや」の日がある。十四日の奈良東大寺のお水取り (修二会) が済まないと、本当の春が来ないと、関西の人々は言う。
桃の花はいつ咲くか、桜にはまだまだ早い。紅の彩りの季 (とき) がまちどおしい。
私どもの工房では、紅花の花びらから、桃や桜の色を染めている。これも「寒の紅」といわれるように、冬のもので、三月に入ると名残の仕事となる。

紅花で濃淡に染めた絹
『源氏物語の色辞典』より
桃染 (ももぞめ / つきぞめ)
春の桃は、桜と並んで日本人には親しみのある花であるが、その色は桃の花では染まらないことは、いうまでもない。桃染とは、美しく咲いた盛りの桃の色をさしている。紅花で淡く染めてあらわす。
(紫紅社刊「日本の色辞典」より)
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「虹色どろぼう」染司よしおかの植物染
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