「染司よしおか」五代目当主、吉岡幸雄氏に毎月、日本の色にまつわる様々なお話をしていただくコーナーです。
十月の暦を見ると秋がいちだんと深まっていくのを感じる。旧暦の九月九日は重陽の節句、今年は十月二十六日にあたる。一年の五節句の最後のもの、東洋では菊の花をめでて、それを祝ったのである。
日本において、重陽の節句が定着したのは平安時代、その行事のなかで興味深いのは、菊の着せ綿であろう。王朝の女人達は咲いた菊花に、絹の真綿をかぶせて覆っておいて、翌朝になるとそれで顔をぬぐったという。菊の花は長寿の証とされているので、あやかる意味もあったのである。
なかには、その真綿を白のままでなく、草の花の彩りにあわせて染めたとも伝えられていて、染屋の私どもの興味をより魅くのである。
ただ今日、菊人形などで見られるような大輪の草花というものはまだなく、野菊のように小さいもので、色も黄、赤、白の三色ぐらいであったといわれている。
それを再現したくなって、試みに「源氏物語の色辞典」を著すときに、植物で染めた真綿をきせて飾ってみた。「幻の帖」186ページである。
それは、最愛の紫の上を亡くしたあと光源氏が、かつての思い出を一年の歳時記を通して回想する場面のなかにあるのである。
秋めくとき、こうした話を思い出して菊の花の色香をたのしんでいただきたいものである。

菊の襲 (「虹色どろぼう」より)
重陽 (ちょうよう) の節句
重陽の節句は菊の花の宴ともいい、宮中では華やかな宴が催され、菊酒を飲んで長寿を願う。
節句の前日に、菊に露がおりて花の色と香りが逃げてしまわないように、蚕の繭からつくった真綿を菊の色と同じように黄、赤、白と染めて、花の上から平たくかぶせて覆った。
この菊の花の香りが移った真綿で顔をぬぐい、身体にあてると老いがふせげたという。
(紫紅社刊「源氏物語の色辞典」より)
承和色 (そがいろ)
仁明天皇はことのほか黄菊を好まれ、宮中にたくさん植えて楽しむとともに、衣裳の色にも染めるように命じられた。そのため、在位中には黄色が流行したという。
(紫紅社刊「日本の色辞典」より)
関連リンク:
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「虹色どろぼう」染司よしおかの植物染
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