中国に「墨に五彩りあり」という言葉があります。赤の「アケル」と対極にある「クレル」、すなわち黒を人は恐れながら、そのなかにすべての色が内包されるように感じて、墨のなかにはあらゆる色が含まれると説いたのです。
人間が初めてつくりだした黒の色は墨です。太古、洞窟や動物の皮でつくった天幕のなかで暮らしていたころ、太陽が沈むと焚き火をおこして灯りをとり、食事をつくり、暖をとります。この日々のくり返しで、天井に煤がたまり、それを集めて墨色の線や文字を描き出したのです。
黒の色名には、「鈍(にび)」「橡(つるばみ)」「檳榔樹黒(びんろうじゅぐろ)」「呂(ろ)」「空五倍子(うつぶし)」「憲法黒(けんぽうぐろ)」「利休鼠(りきゅうねずみ)」「深川鼠(ふかがわねずみ)」「藤鼠(ふじねずみ)」「紅下黒(べにしたぐろ)「藍下黒(あいしたぐろ)」などがあります。
黒系の色の染料
実は茶と黒は兄弟といってもよく、茶系の染料に含まれるタンニン酸が鉄分と結びついて化合し、黒く発色するのです。茶の染料になる植物、橡(つるばみ)、矢車(やしゃ)、栗(くり)などで布を染めたあと、鉄分を含んだ液で媒染させると黒く染まります。
檳榔樹(びんろうじゅ)は、インドから東南アジアの熱帯・亜熱帯で生育するという椰子の果実(右写真)です。日本の気候では生育しませんが、輸入品として奈良時代から入ってきていたようで、正倉院にもいまも薬物、香木として伝えられています。江戸時代には大量に輸入されて、深みのある黒がもてはやされました。右の写真は、板締めという技法で暖簾を檳榔樹の黒で染めています。
光源氏の正妻・葵の上は男児を出産後はかなくなってしまいます。「鈍色」は裳に服す色で、近しい間柄ほど濃い色をまといます。鈍色の濃淡を矢車で染めました。
五倍子 (ごばいし) といわれるヌルデの木にできる虫の瘤 (こぶ) で染めた黒色をいう。
この木の枝にアブラムシ科のヌルデミミフシという虫の雌が吻 (くちさき) を差し込んで卵を産みつける。やがて一万匹近いといわれる幼虫が孵化して樹液を吸うため、そこは瘤になり、次第に大きくなって袋状になる。
五倍にも膨れるというので、五倍子 (ごばいし)、別名付子 (ふし) とも呼ばれるのである。袋は、樹そのものが、虫に傷つけられた部分に細菌が入り込まないように、タンニン酸を集めて防御するためにできたものである。幼虫はやがて十月頃になると、瘤に穴をあけて飛び出すため、その前に収穫すると瘤にはタンニン酸がたくさん含まれているわけで、それを染料としたのである。「うつぶし」とは、そのなかが空 (から) になるところからの命名である。
(紫紅社刊「日本の色辞典」より)
伝統色の完璧な色標本と色名解説
「日本の色辞典」吉岡幸雄
関連リンク:
「源氏物語の色辞典」の購入はこちらでどうぞ
「日本の色辞典」吉岡幸雄 - 色名解説の決定版!
「自然の色を染める」日本の伝統色の染め方
吉岡幸雄の仕事展「千年紀記念―源氏物語の色―」